simのいつかのブログ

過去のこと、日々のこととか、そんなん。

#8 趣味の無い人生って?

趣味が無い。これが今の自分の一番の悩みです。趣味が無いと仕事して金を稼いでも使い道がない。結局全部生活費にまわるって感じです。趣味があればあれを買う為に仕事頑張るぞーとかなるのかもしれませんけど、趣味の無い僕は、どうせ生きてく為に働くんだろ、、、という思考になり仕事なんて全くやる気がしません。

一応家にPS4があるのでこの間FF7リメイクの体験版をやりました。FF7は僕が小学生の時にハマった思い入れのあるゲームなので楽しめるかなと思ったのですが、もう30オーバーのおじさんです。操作が難しくてついていけません。そして病気による集中力の欠如。楽しむどころか「早く終わってくれ…」そんな気持ちで一杯になり終わった時にはホッとしました。

とにかく時間を忘れて打ち込める趣味が欲しい。今の僕の願いはこの一つです。

#7 働いたら精神疾患は良くなるのか?

僕は今障害者雇用で働いていますが、それ以前の10年近く引きこもっておりました。働き出した理由は10年近く引きこもっているとだんだんと何もしたくなくなってきたからです。ゲームが出来なくなる、アニメが見れなくなる、マンガが読めなくなる、といった具合です。

引きこもる事に限界を感じた僕は入院し、その後デイケアに通い、障害者雇用で今の職場に入りました。

働き始めた僕は、これで病気も良くなるはずだ!気力もみなぎって充実した毎日が送れるはずだ!と思っていました。

結論、そんな事は全くありませんでした。

働く前の自分を殴ってやりたいですね。夢を見るな!と。働いたぐらいで病気は良くなりません。

ずっと引きこもってるのはしんどいですが、ダラダラとデイケアに通い続けていればよかったなと思います。あの頃が一番楽しかったです。

働いたぐらいで精神疾患は良くならない。精神疾患はそんなに甘くない。毎日そんな事を考える日々であります。

#6 入院してよかったこと

これまでのブログで入院について悪いことしか書いてないなと思ったので今回はよかったことを書こうと思います。

まずは同じような境遇の人と出会えたことです。それまでは10年近く親とメンタルクリニックの主治医としか話しておらず、どちらも自分の病気の事など理解していないと思っていました。ですが同じような障害を持っている人と話す事で当事者でしか分からない気持ちを共有する事ができました。

次は食事がうまかったということです。落差がすごいですね。病院食=ご飯に味噌汁、漬物、味の薄い煮魚が僕のイメージでしたが普通にカレー、ラーメン、ハンバーグとか出てきました。一番うまかったのはネギトロ丼です。病院食で生ものOKなんだ…と驚いたものです。

あとは…お風呂が広かった。まあ入院患者多いから当たり前ですね。ちなみに僕の入院してた病院は火、木、土の週3日しか入浴出来ませんでした。しかもその3日のうち祝日だった場合入浴出来ないという謎のルールがあり、週に2日しか入浴出来ない時もありました。さすがにここは刑務所か❗️とツッコミを入れました。

あれ?よかったことを書こうとしたのにまた悪いことを書いていますね。まあよかったことはそんなになかったということです。ちなみに勘のいい方は気づいたかもしれませんがお風呂が広かったのくだりは週2日しか風呂に入れなかった糞エピソードを言いたかった為に書きました。 敬具

 

 

#5 みんな知らない精神科病院入院の恐ろしさ其のニ

以前、精神科病院入院の恐ろしさについて書きましたが今回はその続きです。

主治医とのやりとりの後諦めて入院を決めた僕ですが困った事がありました。それは何もやることが無いということです。

一応週に何回かプログラムというのがあったのですが雑誌を読んだり習字をしたりぬり絵をしたりという全く魅力の無いものばかりでした。いい歳して何でぬり絵せなあかんねんと心の中で呟きました。

そしてもっと辛かったのは言わずもがな主治医です。

まず何が辛いかと言うと主治医と面談出来るのが週に1回か2回なのです。何の為に入院したのか分かりません。日時も決まっておらず急に呼び出されるといった感じです。ひどい時は全く呼ばれないので主治医の姿を見つけたらこちらから声をかけ捕まえていました。

まだまだございます。本当に一番きつかったのは主治医が勝手に薬を減らした事です。事前通告一切無しです。僕はベッドから動けず看護師に何度も「薬を戻して下さい」と言いましたが看護師にそんな権限も無いので無駄でした。

一週間後ようやく主治医と面談することができました。面談中限界に達した僕はその場で倒れひきつけを起こし意識を失い目覚めた時には全身を拘束され隔離部屋にいましたとさ。

めでた死、めでた死。

#4 障害者手帳、持つべきか?持たざるべきか?

ある日の職場での出来事です。

僕は仕事を終え更衣室で着替えていると休憩室から同僚の会話が聞こえてきました。

同僚A「俺さぁ視力凄く悪いから障害者手帳取ろうと思ったら取れるんだよねぇ」

同僚B「え〜そうなんですか〜」

同僚A「そうそう、バスとか半額になるし取ろうかなぁ〜とか思うけど子供と一緒にバス乗った時周りからあのお父さん障害者なんだって思われるの嫌だからなぁ」

同僚B「あ〜そうですよね〜」

同僚A「あと近所の人からあそこの旦那さん障害者手帳持ってるんですってみたいに見られるのも嫌じゃん。そんな人と友達になりたくないでしょ」

同僚B「確かに〜」

僕はただただむなしくなりました。心の中で「こっちは好きで取ったわけじゃねぇんだよ!病気が治ってくれればバス代なんて倍額払うよ!」

と叫びました。

社会は多少障害者に優しくしてくれるかもしれませんが現場はこんなもんです。

障害者雇用ってなんなのかなぁそんな事を思った日でした。

#3 精神科病院入院記

精神科病院に約3か月入院していましたが色んな人と出会いました。

一番びっくりしたのは覚せい剤をやっていた人です。

僕が椅子に座ってボーッとしているとその人はやって来て

「○○と言います。僕、覚せい剤やってたんです」

「……はぁ」

それしか返しようがありませんでした。

また53回入院しているという人もいました。

「17歳で発病して今47歳だから今年で30周年だよ」

いや、そんなアニバーサリーみたいに言われても…

この他にもいろんな人がいました。みんなに言えることはみんな個性があってみんな優しかったです。

もう2度と入院なんかしたくないけどあの頃一緒に入院してた人達にまた会いたいなと思う今日この頃です。

#2 みんな知らない精神科病院入院の恐ろしさ

僕は30歳を過ぎた頃、精神科病院に入院してました。

入院を決めた理由はそれまで10年近く引きこもってましたがある時から本当に精神的に追い詰められ、何か変えなければと思い入院を決意しました。

入院手続きの時これから自分の主治医になるという医師から「この入院は任意入院ですのであなたの意思でいつでも退院出来ますよ」という説明を受け入院しました。

入院初日はそわそわし、夜は眠剤を飲んでも一睡も出来ませんでした。そして2日目僕は急な環境の変化でパニックになり主治医に退院したいと言いました。すると主治医は「分かりました。ではご両親に連絡して下さい」と言い僕はすぐに実家に電話し、病院に来て欲しいと告げました。

数時間後病室で待っていると主治医と両親がやって来ました。僕はようやく帰れるとホッとしましたがそれも束の間主治医から衝撃の一言。

「今からあなたは任意入院から医療保護入院に切り替わります」

…………は?

全く意味が分かりませんでした。説明すると医療保護入院というのは親がサインしてしまえば主治医の判断でこっちの希望など無視して強制的に入院させられる制度とのこと。つまり主治医は親にサインさせる為僕に連絡する様言ったのです。

これを知った時僕は病室で泣き叫び抵抗しました。

「こんなのおかしいだろ!!やり方が汚ねぇよ!!」

これに対し主治医はとても冷たい目と声で

「simさんあなたこれ以上叫ぶと隔離だよ」

この瞬間僕は抵抗するのを諦めました。

精神やられて入院を考えてるみなさん、こういうケースもあるというのを頭に入れておいて下さい。